ならず者航海記・幻想の冒険者達/©渡来亜輝彦2003
 
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 5、勇士と女神の話
「な、なんだ!」
 アルザスが素っ頓狂な声を上げた。石のエレベーターから降りて三メートルほど歩いた時である。カンテラの光に、真っ暗な闇の中からしろい不気味な物が照らし出されていた。それが人間の骨らしいと言うことはすぐにもわかった。
「ふ、古い物みたいね・・・。」
ライーザがポツリと呟いた。あちらこちらに武器のような物が転がり、服の布の残骸が見える物もある。時代区分が違うのか様々な時代のものがあった。昔の兵士のようなもの、または盗賊のようなもの・・とバラエティにとんではいたがそんなバラエティなど今はどうだっていい。ここがいかに不気味かという問題でいっぱいである。
「骨が砕けている。上からつぶされたみたいだが・・・崩落した形跡などなどないしな・・。」
ヨーゼフ博士はそういってあたりを見回す。近くに比較的新しい本があった。
「日記か?」
博士はそれを取り上げて、ページを繰った。
「何年のことか書いていない。しかも日付が良く飛んでいるな。」
「書いた奴が杜撰な奴だったんだな?で、何て書いてるんだ?」
「まあ、まて。奥に進みながら読もう。」
 博士のすすめでアルザスはカンテラの光を照らしつつ、ライーザと並んで前に進んだ。
「ええと、『三月五日・・あの地図がひょんな事から手に入った。今日はハレーグ港により、補給を済ませる。この地図についている羅針盤があったというが、それがどこにあるのか現在はわからない。D』」
「D?ってなんだ?」
「さあな。書いた人間の頭文字だろう?続けるぞ。『三月十日・・あの地図の探索はオレ達だけでは無理のようだ。よって部下の進言に従い、あの男と手を組むことにした。大国のイヌと手を組むのは癪に障るがこの際仕方ないだろう。D』『三月十五日・・・とうとうあの男とエルンで会う。デラインの大佐は物わかりのいい男であった。手に入れた宝は山分けにする。そしてあの大物も協力してくれるようだ。今日はいい日であった。D』」
「デラインの大佐?ってことはあの大国の軍隊と手えくんでたってことか。」
「じゃあ、これ書いたのは誰かしら・・・?」             
聞きながらアルザスとライーザは小声で囁きあう。
「『四月十五日・・・とうとうゼンツァード洞窟にはいる。しかし大人数ではいけないだろうから、オレの部下は連れていかないことにする。オレと大佐と大佐の部下及び大物の手下が十人ほど。これからどうなるかは知らないが、とにかく羅針盤を手に入れるまで地上には帰らない。D』次が最後かな?『四月十六日・・なんだか、様子がおかしい。まるで事あればオレを抹殺しようとしているようだ。ここは早く羅針盤を手に入れて逃げた方が良さそうだ。D』ここで終わっているな。」
「何なのかしらね。」
「この日記がここにあったと言うことはこのDという人物はここで死んでいる可能性もある。しかし羅針盤が世に出回っていないところを見ると・・・手には入れていないはずだな。」
「羅針盤か・・・どんな物なんだろうなあ?」
アルザスが何気なく呟く。その形が本当の羅針盤の様な物なのか、それとも妙に細工された物なのか・・・彼には想像もつかない。
「む?何だこれは?」
 ヨーゼフ博士がうなった。
「どうしたの?博士?」
博士はのぞき込んできたライーザにそのページを見せた。ライーザは妙な顔をした。その筆跡に見覚えがあったのだ。だが、このときは気のせいだと思い何も言わなかった。ライーザがそのノートを受け取ってその走り書いた読みにくい文字を読み始めた。
「えーと・・『女神は勇士に・・・太陽の御劔を・・渡した。彼は・・・女神のそ・・の美しい姿に・・恋心を抱いた・・・。』・・ってこれ何かしら?」
ネダー博士は冷静に言った。
「伝説だな。古代トレイックの。女神と勇士の恋物語だが、どうしてこんな所に書き付けてあるのだか?その理由がわからんな。」
「何かのヒントなんじゃねえかな?」
 それから少し進んだ後、前の方に何か祭壇のような物があるのが見えた。どうやらそこで行き止まりのようだ。その祭壇の上には男性の石像と女性の石像がある。女性の石像は優しくほほえむ美しい顔の像で、男性の石像は打って変わって鍛えた戦士の像だった。だが・・・
「何か足りねえな?」
アルザスは戦士の像を見ながら呟いた。
「そうね・・・。たしかにちょっとアクセントがないわ。」
ライーザはそれを見て考え始める。すると、ヨーゼフ博士が日記を読み直して、笑いながら口を開いた。
「わかったっ!それが、この話の勇士と女神なのだ!これはヒントになるということで聞き出したのをメモっておいたのだろう。」
「ああ!そうね!そう言われればこっちは女神っぽいし・・・。ってことはアレよ!この勇士の像は鞘があるのに剣を持ってない。」
「じゃ、太陽の御劔を持たせれば、何か起こるのか?」
アルザスがあたりを見回すが、そのような物が転がっているわけがなかった。
「ねえな・・・。」
「いや、あるよ。あそこにわずかながら光が見える。」
 ヨーゼフ博士が前へ進み出た。博士は祭壇の奥の方に歩いていく。慌てて二人がついていくと、そこに太陽の光が一筋差し込んでいた。光の筋といっても1、2ミリほどのか細い物であったが・・・。
「これが太陽の剣だ・・。」
ヨーゼフ博士が言った。
「太陽と関わりのある物はこれだけだ。間違いないはずだ。」
「てことは・・・あの像をここに運ぶ・・・ッてこと・・じゃないよな?」
アルザスが少々びくびくしながら尋ねる。
「当たり前だ。」
ヨーゼフの返事はすげない物である。アルザスは大きくため息をついた。
「重そうだな〜。あれ・・・。」
ジロッとみた勇士の石像は実物大である。転がして運べる代物でもなさそうでアルザスは気が重くなった。
 結局、三人で引きずりながらようやく三十メートルほど奥の方に運び込んだ時は三人ともさすがにへとへとであった。何とか、石像の握った拳に光の筋が重なるように置いてみる。
「これでいいよな?」
アルザスの問いにライーザが首を振る。その表情に失望の色がうかがえた。
「何にも起こらないじゃない! 間違ったんじゃないの?」
「そんな事いわれてもよ!他に何やればいいか見当がつかねえぜ!重かったのによ!」
 アルザスがため息をついたとき、彼の目にカンテラの赤い灯が近づいてくるのが映った。叫ぼうとした瞬間、彼の目の前に冷たい光が飛び込んだ。
 刃物だ!アルザスは直感的に右に身体を投げ出した。地面を転がる彼の耳に聞き覚えのある声が響いた。
「よくかわしたな!ほめてやるぜ!」
「逆十字のフォーダート!」
アルザスは素早く立ち上がって短剣を抜いた。
 逆十字のフォーダートはこの前のように船乗りらしい衣服を身にまとって彼の前に現れた。
「さすがは、小僧だ。いいカンをしているよ。」
一つ、アルザスにとって幸運なのは何故かフォーダートが本来得意とする長めのカトラスを腰に差したままで、短い短剣を得物として使っていることだ。間違いなく手加減している。本気で行くと言ったくせにどうもわからない所のある男である。彼は持っていたカンテラを床に置いた。
 アルザスはフォーダートを睨み付け、怒鳴った。
「うるさい!急にきやがって!刺さったらどうしてくれるんだ!」
「うまくかわすのがわかってたからこそやったんじゃねえか。」
フォーダートはニヤッと笑い冷静な口調でそう言った。
「まあまあ、戦いは冷静にやらなきゃあ勝てねえぜ?そうイライラするもんじゃねえ。」
フォーダートはからかい半分にアルザスに話しかけながら、岩壁に寄り掛かった。これが彼の挑発であることは間違いない。「お前からかかってこい。」無言で逆十字はアルザスに語りかけていた。
 アルザスはとうとう思い切ってフォーダートに突進した。もちろん、フォーダートはそれを待っていたわけである。彼はわずかに身を起こした。
 アルザスの手に金属的な衝撃が走った。フォーダートは見事にアルザスの短剣を受け止めていた。
「ふ、力だけはなかなかのもんじゃねえか!」
・・ギリリリと鉄のこすれる音がする。すぐさま、フォーダートはアルザスの短剣を軽々と払った。
「ふん、行くぜ!」
フォーダートは鼻先で笑いながら短剣を横に薙いだ。アルザスは必死で後ろに下がりながらそれを避ける。短剣が風を切る鋭い音が響いた。しかし、必死で避けながらアルザスは何か腑におちない物を感じていた。逆十字のフォーダートが本気でアルザスを殺そうとしているならはじめの一撃でとっくに彼はあの世行きだったはずだ。逆十字にはそうするだけの腕があるのである。どうしてそうしないのか・・・この際、考えられる理由は一つだ。
 ・・・・・逆十字のフォーダートは遊んでいるのである!
「畜生!」
アルザスがうなると後ろからライーザの檄が飛んだ。
「アルザス!何やってんのよ!どうにかなさいよ!」
(どうにか出来たらすでにやってるわっ!)
アルザスは心の中で言い返したが、目の前の逆十字の体勢を崩さなければ勝ち目はなく、何とか隙を捜そうと必死だった。しかし目の前の男は完璧で隙の一つも見つかりそうになかった。相当数の修羅場をくぐり抜けてきたであろう逆十字はアルザスのような小僧とは格が違いすぎる。今、ここに殺されずにいるのは、ただ彼が遊んでいるだけにすぎない。問題は彼がいつその遊びに飽きるかということだけだった。
 フォーダートはふと身体を半分斜めに傾けた。と、同時に銃声が起こる。振り返ったアルザスの目にヨーゼフ博士の舌打ちする姿が映った。博士の手元には黒光りする拳銃が輝いている。
「ヒュー。危ねえ、危ねえ。」
フォーダートはおどけてそう言って、体勢を戻し、ヨーゼフ博士をみた。彼の身体にはかすり傷一つない。銃弾は彼の身体をかすめることなく、後ろの岩に当たっていた。
「元軍人だな、あんた?なかなか訓練されてるじゃねえか?もうちょっとで左腕がやられちまうとこだったぜ。」
危険を回避したばかりのくせにフォーダートの顔には焦りという物のひとかけらも見あたらなかった。むしろ「楽しんでいる」・・・といった方が近い表情である。常人と感覚が違うのかも知れない。
(ちきしょう!化け物め!)
 アルザスは心の中で毒づいた。その思いは博士も同じだったらしい。博士の表情は妙に苛立たしげだった。それにこれ以上発砲するのは好ましくない。あまり撃つと洞窟自体が崩れないとも限らないからだ。頭のいい逆十字がそれに気付かないわけがなかった。彼はこれ以上ヨーゼフ博士が発砲しないことを読んでいた。
フォーダートは、口許を歪め、幾分かのしたしみをこめて呼びかけた。
「おい、小僧・・。オレはお前を殺したいとは思わねえ。どっちかってえと気に入ってやってるんだぜ?だからいっといてやるが・・・早めに地図をオレに渡しな。じゃねえとオレじゃなくても、あいつらがお前達を殺すことになるかもしれねえからよ。」
「うるせえなっ!絶対に渡さねえっていってるだろ!」
即座に予想通りの返事が返ってきたことに彼は満足げな笑みを浮かべた。
「そう言うと思ったぜ。言い出すときかねえタイプだな?お前さんよぉ。」
 彼がそう言ったときだった。大勢の足音とたいまつの煌々とした灯りが彼らの注意を引く。その足音の意味を知るのは逆十字だけであったが・・・。逆十字は自分の持ってきていたカンテラの灯を素早く消した。
「しまった!奴らだな!」
逆十字は舌打ちをした。少し来るのが早すぎる・・。これではアルザス達をからかっているどころではない。
 突然の乱入者にアルザス一行は焦った。来る者は皆、武器を手にし、軍服のようなものをまとっている。
「な・・・何?あの人達!」
ライーザがヨーゼフに尋ねる。それに彼は応えなかった。かわりに彼はすぐにカンテラの灯を消した。こうなれば闇に身を隠すのが一番安全だと判断したのだ。乱入者達は一斉に彼らに向かって飛びかかろうとした。
 と・・突然、金髪の青年が岩の影から立ち上がった。彼はその手の棒のような物を連中に向かって投げつける。棒のような物は彼らのたいまつの灯を消し飛ばし、また青年の手にもどった。その場は暗黒に包まれ、
場は混乱する。
ティースは得意げに鼻の下をこすりあげた。ディオールが感心していった。
「すごいね。」
「ふふん、ダテにブーメランの練習をしてたわけじゃねえもんな。」
「良くやった!ティース、ディオールこっちだ!」
闇を利用していつの間にか近くにやってきていたフォーダートは二人の青年を先導し、さっさと走り始める。
慌てた二人はかろうじておかしららしい人影を追って走った。
 ライーザのもとに走ろうとしたアルザスだったが、あたりは暗闇・・・ただわずかな太陽の剣の光が彼の目を捉えた。あそこに行けば確実にヨーゼフが居る。取りあえず、アルザスはそこに走るしかなかった。
 女神の像の側にいたライーザも行動をとろうとしていた。しかし、彼女は真横に人の気配を感じて凍り付く。彼女はどきっとして後ろの人物に怯えながらも叫んだ。
「だ・・・だれっ!」
下手をすれば殺されるかもしれない。恐ろしい考えが彼女の頭をよぎった。
 しかし、意外にもその人物は彼女に危害を加えようとはしなかった。小声でその人影は彼女にささやいた。
「しっ!しゃべるな。狙われる!」
そこに居るのが逆十字のフォーダートだということを彼女は声で聞き知った。
「いいか・・。そこに居るんだ。」
彼は、女神の像に手を伸ばしたらしかった。ガコンと鈍い音がする。暗くて彼が何をしたのか彼女にはわからなかった。
 目の前に光が飛び込んできてライーザは驚いた。光は勇士の像の太陽の剣のようだったが、その握った手の中に光を反射する物があるらしく、その光は勇士の目に反射し、それが女神の目に当たっているのである。フォーダートが何をしたのか、ようやくライーザは気付いた。彼は女神の石像の首を勇士の方向に向けたのだ。そうしないと勇士の右手の鏡は出現しないようになっていたようだ。ライーザはこの光景があの日記に走りがかれた伝説の光景だと悟った。
 アルザスとヨーゼフ博士はその光景に息をのまれていた。それだけでない。突然、また先程のように、地面が震動し始めたのである。突然、地面が沈んだような気がした。いや、沈んだのではない・・・地面が無くなったんだとアルザスが気付いたのはすでに彼らが空中に投げ出されてからのことだった。
 ようやく、レッダー大佐はたいまつをつけた。そして、その場の光景に目を奪われた。
「まさか・・・。」
そこにはアルザスもライーザもフォーダートも居なかった。そこには誰もいない。立っているのは伝説の姿そのままに見つめ合う勇士と女神の石像だけだった。彼らが居たはずの場所に地面はなかった。そこには大きな穴があいているだけだった。穴は暗く、光も届きそうになかった。
 
 
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素材:トリスの市場
akihiko wataragi presents
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